山陽リレーコラム「平井の丘から」

子は親の鏡  塩谷 由加江
[2019年10月19日]

掲載日:2019年10月19日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 私は、4人のこどもがいる。性格は4人ともまったく違う。几帳面な子、天真爛漫な子、マイペースな子、破天荒な子。どの子も私にとっては本当にかわいい。けれど、どんなに愛情があっても子どもにイライラすることもある。子育て経験のある人は多かれ少なかれ誰しもが通る道ではないだろうか。子育ては、楽しい!と言いたいが楽しいことばかりではない。

 私は、いつも感じることがある。我が家は、私の余裕がなくなると子どもたちの喧嘩が増える。「子は親の鏡」とまさにその通りだと思う。私はいつも心がけていることが2つある。それは、子どもたちに「ありがとう」と言葉に出して伝えること。できるだけスキンシップをとって子どもと声を出して笑うことである。ある日、子どもたちと遊んでいるとき、私が大笑いをした。その時に長男が言った言葉が今でも忘れられない。「母さんが笑ったの久しぶりに見た!!」と。とても驚いたのと同時に日々の忙しさの中で余裕がなくなり心の底から笑うことができていなかった自分にグサリときた。子どもにとって身近な家族が「笑顔」でいることが幸せなのだと感じた。そして、子育てにイライラする時、子育てに行き詰まった時に、私はいつも読み返す本がある。ドロシー・ロー・ノルトらの著作である「子どもが育つ魔法の言葉」である。この本の中に「子は親の鏡」という詩がある。もし、子育てに行き詰まった時ぜひこの本を手にとってほしい。

 私は、この詩を読むと、子どもの未来のためにそういう親でありたいといつも願う。


【参考文献】
ドロシー・ロー・ノルト レイチャル・ハリス こどもが育つ魔法の言葉 研究所 2000年
子は親の鏡

アナログ時計の時空に想うこと  江口 瞳
[2019年9月30日]

掲載日:2019年9月30日

 多様な現代において、デジタル時計とアナログ時計のどちらを好むかといった問いは愚問かもしれない。このような中で、あえて、アナログ時計で味わう感覚について述べたい。

 以前に、それまで使用していたアナログ時計からデジタル時計に換えたことがある。しばらくして、デジタル時計が示す文字に刻々と追いかけられ、不思議な緊迫感を受け、そのうち、電池が切れてからは使用しなくなっていた。アナログ時計では、昼食時までにあと何分ある、今日の昼食は何にしようかと思いを巡らす、あれはいつだったかと過去にさかのぼる、時空の広がりさえある、アナログ時計ならではの感覚に思える。

 看護師は、患者の脈を測るのは日常的なことであり、アナログ時計が好ましい。アナログ時計により、患者の脈を数え、同時に脈拍のリズムや強弱、あるいは患者のその時の状態を観察し、何をすべきかを考えている、専門的な職業の世界がある。

 アナログ時計とデジタル時計をうまく使い分けている人も多いかも知れない。どちらかの時計の是非論でもない。

 豊かで、便利なこのデジタルな生活空間の中で、アナログ時計の世界に繰り広げられる感覚、時をふと止め、瞬間に想いを巡らす、この感覚を大切にしたい。

 姑からもらった、今は引き出しの中にある電池切れしたデジタル時計が、私のアナログ時計の世界で、大切に動いている。アナログ時計の中での感覚の広がりや奥深さを、心に余裕を持って刻みたいものである。


令和元年(2019年)9月吉日


生業をつくり直す  建井 順子
[2019年9月10日]

掲載日:2019年9月10日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 私はこれまで生業を生み出す人々に焦点を当て、事業がどのように成長してきたのかを調査してきました。それらは、一般的にはほとんど知られていない、地方の企業経営者や事業代表者がほとんどです。しかし、そうした人々の人生には、私たちを魅了し、示唆を与えるものが少なくありません。ここでは、そうした例を一つ紹介しましょう。

 ご紹介するのは、福井県鯖江市出身の蒔絵師Aさんのこれまでの歩みです。蒔絵とは、漆工芸の一種で、漆で文字や絵などを描いたうえから金や銀を蒔くことによって装飾する技巧のことを言います。

 蒔絵師の家系に生まれたAさんは、後継者となるべく、他の地域の蒔絵師のもとで修業を積みました。しかし、修業を終えて故郷に帰ってくると、大衆消費の拡大を背景に、伝統的な技法は軽視され、商業的な技法が好まれる時代となっていました。そうした流れに納得できなかったAさんは、百貨店の実演販売や神社の骨董市など、本来蒔絵師が出ていくことはありえなかった場に積極的に出ていきます。そこでは消費者と直接対面するため、率直であるがゆえに傷つくような意見をたくさんもらいます。反面、そうした意見がヒントとなり、従来蒔絵が使われることのなかった製品に蒔絵を使うアイディアを得て、新たなマーケットを開拓していきます。

 現在、Aさんは東京に拠点を置いて蒔絵教室を運営する傍ら、海外のコーディネーターとつながることで、蒔絵の技巧を世界に広げようとしています。このようにAさんは、自分が持つ技能を核として、伝統的な生業を新たな形態のものにつくり直してきました。この例のように、第一線で活躍している経営者、事業代表者の方に共通しているのは、生業をつくり変えることを決して恐れず突き進む、強い姿勢なのです。


<参考文献>
建井順子(2015)『同床異夢-漆器産地の行方』東京大学社会科学研究所研究シリーズNo.58

イケアでの思い出  岩本 隆志
[2019年8月27日]

掲載日:2019年8月27日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 数年前、家の家具もそろそろ古くなったので買い替えのため、妻の要望で、家族で神戸のポートアイランドにあるイケアに行ったことがある。イケアに入ると、まず、ホットドックやコーヒーが7・80円で売られていた。家具を買いに来たのに食事をすることに違和感を覚えたが、あまりの安さにまず、軽食をした。

 後で分かったことであるが、北欧では、まず、食事をして、準備万端にしてから、買い物をする文化があるそうである。次に、買い物に進むと、紙と鉛筆が用意されていて、それを持って、気に入った商品の商品番号を記入するというルールとなっている。

 決まった順路に沿って一方通行に進むと、どの商品も目を見張る価格設定であり、何より驚いたことが、店員は一切客に対して、声掛けはしないし、家具には、「どんどん触れてください。」と書いてある。何故か分からないが、気分が楽しくなって来た事を覚えている。

 小物類は、そのままショッピングカートに入れて、気に入って購入する家具は、商品番号をメモした。最後に、家具はどこで購入するかシステムが分からずにいると、倉庫のようなゾーンに行きついた。もしかしたらと思ったが、そこで、客が品出し作業(ピッキング作業)を行うのである。

 そこで何故イケアが低価格で家具を提供できるのかが見えてきた。商品はフラットパックという規格のサイズに収まるようになっている。車のトランクにちょうど収まるサイズである。何もかもが計算されていることに感銘を受け、後に論文にまとめ学会発表までしてしまった。妻の要望で家具を買いに行ったことが新たな発見につながった。これからも妻には頭が上がらない。

3歳までは母の手で?  権田 あずさ
[2019年7月26日]

掲載日:2019年7月26日
カテゴリ:こども育成学科

「ワンオペも 逆手に取れば ひとりじめ」

 これは、金融のオリックスグループが毎年企画している「働くパパママ川柳」で2018年に大賞を取った川柳です。さて、この川柳を詠んだのはパパとママのどちらでしょうか?

 「ワンオペ」とは、「ワンオペレーション(one operation)」の略で、「1人ですべての作業を行うこと」という意味の和製英語です。主に、飲食店で1人しか店員がいない状態を指す言葉として使用されていますが、最近では、何らかの理由で1人で仕事と家事と育児のすべてをこなさなければならない状態を指す言葉としても使われています。そして、多くの場合「ワンオペ」しているのは母親です。

 日本では「3歳までは母の手で」という「3歳児神話」が根強いですが、男性(父親)やその親世代だけでなく、女性(母親)自身が育児は自分の責任だと考えている場合も少なくありません。

 確かに、生物学的に妊娠・出産が可能なのは女性だけです。しかし、女性だから子育てが得意なわけではありません。子どものほうも必ずしも母親を求めているとは限りません。子どもが健全に育つには、自分のことを大切に想ってくれる人が必要なのであって、それが母親でなければならないということではありません。そして、子どもは様々な人とのつながりの中で育っていきます。母親は、あくまでもそのつながりの中の1つなのです。

 先の川柳のように、大変な状況をポジティブに捉えられることはとても大切なことですが、我が子のかわいさや子育ての辛さをひとりじめせず、どうか周りの人たちと分かち合ってもらえたらと思います。


【参考】
オリックス働くパパママ川柳 https://www.asahi.com/ads/orix-senryu/vol2/result.html
根ヶ山光一・柏木惠子(2010). ヒトの子育ての進化と文化  アロマザリングの役割を考える. 有斐閣.
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いよいよオープンキャンパスが始まります  岡田 典子
[2019年6月18日]

掲載日:2019年6月18日
カテゴリ:こども育成学科

 6月のある週末、早朝に車を走らせていると、同じ体操服を着てヘルメットをかぶり自転車に乗った男子中学生の列に出会いました。

 20人位だったでしょうか。その列のなかにブカブカで真っ白な体操服が初々しい生徒が数人、先導する上級生から遅れまいと前を睨み力強くペダルを漕ぐ姿がありました。「入部して初めて練習試合に行くのかな。」などと、一人あれこれ想像しながら、彼らの無事と健闘を祈りました。そして、保護者や先生方もきっと同じ気持ちで彼らを送り出したことだろうと、思い巡らせました。

 目の前の中学生の姿と重なって、ふとオープンキャンパスの体験授業の光景が目に浮かびました。

 教員や在学生の話に熱心に耳を傾けておられる方、「山陽学園で学びたい」と決めて何度も参加される方、緊張した面持ちで質問に来られる方、そして、親ならではの視点から子どもたちをサポートしようと保護者の方々が毎年数多く参加してくださいます。在学生も、授業での学びの成果を発表したり、「自分達の経験が役に立つのであれば」と学生生活の体験談を語ってくれたりします。

 教育に携わる者として、本学に入学して学びを積み重ね、夢を実現されることを願うと同時に、改めて自らの役割と責任の重さを感じました。

 いよいよ、本学でも今年度のオープンキャンパスが始まります。

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幼児教育学科の体験授業の様子

「ぼたもち」の思い出  廣田 幸子
[2019年6月5日]

掲載日:2019年6月5日
カテゴリ:健康栄養学科

 岡山に来て約2ヶ月が経ちました。先日、家の近くのスーパーマーケットに行って気がついたことがあります。惣菜売り場に「ぼたもち」がないことを、、、

 私の故郷、福岡県の筑豊地方では、総菜売り場に1年中、ぼたもちが並んでいます。筑豊地区はかつて、石炭の産地でした。その石炭を採掘すると捨石(ぼた)とよばれる石が発生します。その捨石が山のように積み上がった山を「ぼた山」と呼び、ぼた山は、故郷の風景でもあります。炭鉱の仕事は重労働なので、甘いお菓子が必要だったことと、故郷のぼた山よりぼたもちを好んだのでしょう。

 その「ぼたもち」には同じ食べ物であって、食べる季節によって呼び分けられている「おはぎ」があります。春の彼岸の頃に咲く牡丹の花より「牡丹餅=ぼたもち」、秋の彼岸の頃に咲く萩の花より「お萩=おはぎ」、日本には四季があるからこそ、その季節に咲く花の名前がつくなんて素敵ですね。

 また、ぼたもちに欠かせない食材として、小豆があります。小豆は日本古来の食べ物として親しまれ、その食べ方には赤飯や小豆飯、餡などがあります。その赤飯や小豆飯の飯は、赤く色づきます。その赤く色づいた飯には、小豆の種子に含まれるアントシアニンなどのフラボノイドが結合しています。現在、私は、飯に結合した小豆フラボノイドが飯でんぷんの消化を抑制できることをテーマに、研究を行っています。研究で使用する小豆を見ると、祖母が作ってくれた粒あんのぼたもちが食べたくなります。

食品ロスについて考える  國本あゆみ
[2019年5月30日]

掲載日:2019年5月30日
カテゴリ:健康栄養学科

 スーパーでつい買いすぎたり、食事を作りすぎたりして、食べきれず捨ててしまうことはありませんか?

 まだ食べられるにもかかわらず捨てられる食品を「食品ロス」と言います。日本では、「食品ロス」が、年間643万トン(平成28年度推計)も発生しています。世界中で飢餓に苦しむ人々に向けた世界の食料援助量(平成26年で年間約320万トン)の約2倍に相当します。また、日本人1人当たりに換算すると、「お茶碗約1杯分(約136g)」の食べ物が毎日捨てられている計算となります。

 このような食品ロス削減に向けて、期限間近の商品、規格外の商品を無償で提供し、福祉施設等へ寄付するフードバンクの活動など、国を挙げて様々な活動が行われています。また、コンビニエンスストアでは、消費期限の近づいた弁当などの購入をすることでポイントが付き、実質の値引きにつながるなど食品ロス削減に向けて取り組みが始まります。

 食物栄養学科では、学生が主体となり「地域を学んでのこさずたべよう」という岡山県の事業に携わらせていただいています。昨年度は和気町、今年度は真庭市で食品ロス削減の食育活動を行います。次世代を担う子どもたちに、「もったいない」の気持ちを育み、食品ロス削減の輪を広げたいと考えています。

 食品ロスの約半分291万トンは、家庭からです。私も日ごろから「もったいない」の気持ちを忘れず、できることから食品ロスの削減を実践していきたいと思います。

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写真:和気町での食育の様子


【参考】
消費者庁ホームページ

岡山県「地域を学んでのこさずたべよう事業」ホームページ

なんとなくエコ  西村 武司
[2019年5月7日]

掲載日:2019年5月7日
カテゴリ:地域マネジメント学科
 みなさんはエコを意識して生活していますか?

 私はたまにエコを意識しています。普段,あまりエアコンを使いません。外食のときは,食べ残すほど注文しません。たまに有機野菜を選びます。ゴミは分別して捨てています。しかし,いつも必ずそうするといった強い信念に基づいて行動しているわけではありません。ときにはエコに反する行動をすることもあります。

 暑い夏には冷房を使いますし,寒い冬には暖房を使います。そうしなければ,健康によくないと言い訳をしつつです。実際,暑さや寒さを我慢することは,おそらく健康によくないでしょう。一方,研究室を不在にするときに電気をつけっぱなしにしておくことがあります。この後,再び戻ってくるということを来訪者に示したいときもありますし,ただスイッチを操作するのが面倒なときもあります。

 ここ10年くらい,私はパソコンの電源を切っていません。その間に新しく買ったパソコンは,一度も電源を切っていないことになります。これらの行動はエコに反するかもしれません。もしかしたら,反しないかもしれません。技術進歩が過去の常識を覆すことはよくあります。

 ところで,有機野菜を食べることはエコでしょうか? 昨年,有機農業は,慣行農業と比較して,地球環境にやさしくないという研究成果が発表され,話題になりました。有機農業では,単位面積あたりの収穫量が著しく減少することが主な理由です。しかし,こうした指摘はさほど新しいものではありません。例えば,地産地消は環境にやさしいでしょうか? 興味のある方は,文末の松永さんの著書を手に取ってみてください。

 単純なように見えて単純ではないのが,この世の中です。しかし,深く考え込んでしまうと,ストレスになりますし,何も行動できなくなります。なんとなくエコな生活をなんとなく送って,なんとなくいいことした気分でいられるのが幸せかもしれません。ただ,それでいいですか?


松永和紀『食の安全と環境 「気分のエコ」にはだまされない』日本評論社,2010年。

虐待について考えてみましょう  荒島 礼子
[2019年4月16日]

掲載日:2019年4月16日
カテゴリ:こども育成学科

 近年、児童虐待が後を絶たず、大きなニュースとなっています。政府においても、児童虐待防止法の強化が叫ばれているところです。

 さて、私が保育現場にいたとき、1つの虐待事例を認めました。3歳のAちゃんの指に丸いやけどの跡があったのです。私はAちゃんを抱っこして「ここどうしたの?」と聞くと「たばこで焼いた。」と答えました。「誰がしたの?」と聞くとAちゃんは答えません。どのくらい時間がたったでしょうか「お父ちゃんがした。」と答えました。私はその答えを予想はしていたものの、大きな衝撃を受けました。私は、Aちゃんの手をさすりながら「熱かったね、痛かったね。」と言いました。するとAちゃんは「でも私泣かんかったよ。」と言ったのです。「痛かったら痛い、熱かったら熱い、お父ちゃんやめてって言わんといけんよ。」そういうのが精いっぱいの私でした。

 役所の保健師に連絡を入れると、すぐに児童相談所含む多くの関係者が集まって会議がもたれました。そしてその後児童相談所の依頼を受け、児童民生委員会議で事例報告をしました。それはちょうど虐待防止法ができた年の事でした。

 今私は、幼児教育を学ぶ学生にこの事例を伝えながら、子どもの人権についての授業を実施しています。又、大学でも『sanyo子育て愛ねっと』として子育て支援事業に取り組んでいます。

 社会全体で、虐待防止について真剣に考えていかなければならないと強く思っています。

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桜の花々とともに  学長 齊藤 育子
[2019年4月10日]

掲載日:2019年4月10日

 本学の東門前の桜が、満開になっています。今年は例年より少し遅めだったように思いますが、咲き始めた頃に入学された新入生の皆さんもオリエンテーション期間が終わり、授業が開始されました。「入学式と桜」といったように、皆さまも桜の花にまつわる多くの想い出がそれぞれにございましょう。私は、山梨県甲府市にあるミッション系の短期大学に、教育原理等を担当する教職課程の専任教員として、1985(昭和60)年に着任いたしました。その山梨での8年間の暮らしのなかで、忘れられない場所があります。それは旧北巨摩郡長坂町(北杜市)の清春芸術村(Kiyoharu Art Colony)です。

 この芸術村は、もともと廃校になった清春小学校の跡地に建築されたのですが、子どもたちの手によって校庭に植えられたソメイヨシノが多数あり、それが実に美しいのです。敷地の中央には、「ラ・リューシュ」(La Ruche)と呼ばれる十六角形の建物があります。これは、芸術家たちの創作活動ができるアトリエなのですが、希望者に貸し出されています。このラ・リューシュは、パリにあるものと同じ設計図で建てられたとのことです。この広大な芸術村の敷地の中に、清春白樺美術館もあります。そこでは、武者小路実篤や志賀直哉等々の「白樺派」の書画や・原稿・近代洋画などが蒐集され展示されています。

 さらに、敷地内には小さな会堂がひっそりと建てられており、誰でも祈りの時が持てるようになっています。「ルオー礼拝堂」と名付けられた会堂は、宗教画家ジョルジュ・ルオーを記念して建てられたのですが、祭壇背後には、十字架のキリスト像があります。その像は、次女イザベル・ルオーによって寄付されたとのことですが、ルオー自身が彩色し、彼が毎日祈りを捧げていたそのものとのことです。そのほかにも、移築された梅原龍三郎のアトリエなどの施設もあります。この芸術村は、東京吉井画廊の吉井長三が、私財を投じて作られたといわれています。

 きっと誰も知らないことですが、静寂だったこの場所で、当時の私は、自己を見つめる時を持っていました。人は皆誰でも、どうしようもなく辛いこと悲しいことに立ち向かわなければならないことがありますが、自己を静かに顧みるには、静かな時間と空間が是非とも必要ではないでしょうか。桜の花が咲くたびに、私は甲斐駒ケ岳の山々を背景に咲く美しい桜の花々とともに、ラ・リュージュそして、自己と対峙したあの「静寂な時・空間」を思い出します。いくつになっても、ソクラテスの力説した「善く生きること(to eu zēn)」を目指し続けたいものです。

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〈本学の東門前の桜〉

春を感じる桜餅  松井 佳津子
[2019年3月30日]

掲載日:2019年3月30日
カテゴリ:健康栄養学科

 朝晩はまだ肌寒さはあるものの、草木が萌え芽ぐみ次第に春の訪れを感じる季節となりました。桜の花の開花が待ち遠しいですね。 そんな桜の葉を使った和菓子で、色と香りで春を感じさせてくれる「桜餅」があります。桜の葉で餅を包む工夫は江戸時代に発案されたそうです。この桜餅、2種類あることはご存知でしょうか?「桜餅」と言われて思い浮かべるのは、住んでいる地域によって異なります。 もち米を一度蒸して、乾燥させて粗く砕いた道明寺粉を使って作る「道明寺」。道明寺粉を蒸して餡を包んでいるため、お米の食感が残りつぶつぶとした皮が特徴です。「上方風の桜餅」「関西風の桜餅」といわれ、岡山に住む私たちが食べ親しんでいる桜餅です。

 一方、「長命寺」といわれる桜餅もあります。「江戸風の桜餅」「関東風の桜餅」ともいわれていますが、こちらは皮の材料に小麦粉が使われています。小麦粉に水を混ぜて薄く焼いた皮で餡を包んでいます。「長命寺」と呼ばれる由来は諸説あるようですが、江戸時代、東京の隅田川沿いに長命寺では、川沿いの桜の木から落ちる葉の掃除に日々頭を悩ませていました。そこで、桜の葉を塩漬けにし、それにお餅を包んだのが始まりだとか。長命寺というお寺で初めて作られたことからこの名前がついたそうです。

 関西風と関東風の桜餅に共通しているのが、餅を包んでいる「塩漬けの桜の葉」の存在です。桜の葉で包むことで、特徴ある香り付けやお餅の乾燥を防ぐ効果があります。この葉を食べるのか食べないのかと議論されることもあるが、正式な食べ方は決まっていないようです。

 昨年の5月、私は学内の桜の葉を摘み取り塩漬けにして保存しています。約一年がたち塩漬けされた桜の葉も、そろそろ出番だと感じているかもしれません。

 山陽学園の桜の葉のお味はいかがでしょうかね。美味しい桜餅に変身することを願いつつ、心を込めて作りたいと思います。


食物栄養学科 松井佳津子

岡山の美味しい魚と気候変動(地球温暖化)  白井 信雄
[2019年3月28日]

掲載日:2019年3月28日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 岡山で食べる魚は美味しい。穴子(あなご)、蝦蛄(しゃこ)、飯蛸(いいだこ)、鰆(さわら)、そして飯借(ままかり)という別名で知られる鯯(さっぱ)。どれも岡山の漁港で水揚げされ、岡山らしい食文化に貢献してきた。

 しかし、瀬戸内での穴子や蝦蛄、飯蛸等の水揚げの減少が著しい。現在の瀬戸内海の水質は改善されているとはいえ、かつての汚染物質が底泥(これを漁師さんは“ヌマ”という)に蓄積しているためという声もある。

 水がきれいになりすぎて、プランクトンが減り、生態系に影響を与えている可能性もある。加えて、気候変動(地球温暖化)の影響もある。例えば、鰈(かれい)が減っているが、鰈は高温を好まないことも一因であろう。

 一方、気候変動で増えている魚もある。例えば、鱧(はも)。鱧は水温が高い所を好む。鱧が増えて、その食害が穴子等の減少の原因ではないかという説もある。京都の初夏の食として、人気にある鱧であるが、日生で獲られた鱧が港に持ち帰えられることはない。地元の鱧の流通経路ができていないからである。

 近接する徳島や淡路島では取れた鱧をブランド化し、京都等に流通させている。日生でも鱧の流通を確保し、稼ぎを得ていくという道を描くことができる。消費者側から日生の鱧を食べる活動をしていくことも、日生の漁師や漁村、そして海を守ることになる。

 山陽学園大学では、新設の地域マネジメント学部の他に、食品開発ができる先輩学部がある。学内で連携して、鱧料理の開発と普及を図り、瀬戸内の海の魚とそれを稼ぎとする人々、地域の文化と自然を守ることに貢献することができればと感じている。

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写真:日生の海、気候変動でこの景色はどうなるか

甘いものすきですか ~ 和菓子のすすめ  小野 和夫
[2019年3月15日]

掲載日:2019年3月15日
カテゴリ:健康栄養学科

 ある調査では、「甘いものが好きですか」という問い対し、回答者の74%が「好き」と答え、「嫌い」と答えた人はわずかに2%でした。残りは「どちらでもない」です。甘味は動物種を問わず広く好まれることが知られていますが、人もまた甘味を好むことを示す結果です。また、10歳代や20歳代の若年世代の方が30歳代以上より甘味嗜好が高いことも示されました*。

 さて、砂糖を使用する菓子類はまさに「甘いもの」ですが、ショートケーキなどの洋生菓子系と和生菓子系では好まれ方に差があることも明らかになっています*。20歳前後の男女大学生を対象に各種菓子類に対する好き嫌いの割合を現在と過去(小学生の頃、中学生の頃)について主観的に自己申告してもらった結果、85%が洋生菓子を「好き」と答え、その嗜好は過去から変っていませんでした。一方、餡入り和菓子について現在「好き」との回答は56%ですが、過去(37%)と比べて増加しています。小学生の頃は嫌いであったが、中学生頃から好きになるという傾向が見られ、女子学生により顕著でした。砂糖と脂質を多く含む洋菓子系の甘味食品に比べると、その多くが小豆餡を使用している和生菓子は子どもにはあまり好かれないようです。大人になり和生菓子の食感や風味などに馴染んだことに加えて、低カロリーでポリフェノールなどの機能性成分を多く含むことも「好き」の割合が増加させる理由かもしれません。

 砂糖が遣唐使により日本に初めてもたらされた当時は大変な貴重品であり、薬用として使われました。その後の砂糖の普及は、和菓子を生み出し、日本の食文化として定着させることに大きく貢献しました。和菓子には「その季節だけにつくられる和菓子」と「季節を表現する和菓子」のふたつがあります。適度の砂糖の摂取は、知的活動の活発化や気分の改善に効果が認められています。季節を映す和菓子と抹茶でリフレッシュされてはいかがでしょうか。
                     
(食物栄養学科 小野和夫)

                                        
*砂糖百科 p.124~126 社団法人糖業協会 (2003)

受験シーズンの思い出  田中 愛子
[2019年2月28日]

掲載日:2019年2月28日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 現在受験シーズン真っ只中で、受験生の皆さんは合格発表まで緊張と不安の中を過ごしているかもしれません。看護師・保健師・助産師国家試験も2月が受験シーズンで、つい先日今年度の試験が終了しました。

 受験と言えば、お正月の初もうで等で合格祈願をすることと思います。私も、高校受験から大学受験、看護師国家試験の受験など様々な受験で合格祈願を行いました。私の出身県には、学問の神様・天満宮の総本社『太宰府天満宮』があります。もちろん、私の今までの合格祈願も太宰府天満宮で行い、最近は看護師・保健師国家試験を受ける学生さんの合格祈願を行うことにしています。

 太宰府天満宮は、菅原道真公の御神霊をお祀りしている神社です。道真公は、幼少期から学問の才能を発揮し、学者としての最高位である文章博士となった方です。しかし、壮年期に政略により京都から太宰府へ左遷されることになりました。京都を離れる際に詠まれた有名な和歌があります。

『東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ』
(春風が吹いたら、香りをその風に託して太宰府まで送り届けてくれ、梅の花よ。

 主人である私がいないからといって、春を忘れてはならないぞ。)

 この和歌にあるように、道真公は梅をこよなく愛しており、太宰府をはじめ天満宮は梅の社紋となっています。太宰府天満宮は梅の花もたくさん植えられており、春が近づいてくると赤や白のかわいい梅の花を見ることができます。現在はなかなか梅の季節に太宰府へ行くことができませんが、岡山で梅の花を見ても太宰府天満宮と受験でドキドキしたことを思い出し、懐かしく思います。地元を離れて10年以上経ちますが、地元を思い出せるものがあるとほっとできます。

 最後に・・・山陽学園大学の学生さんをはじめ、全国の受験生の皆さんにわくわくするような春が訪れますように!

参考:太宰府天満宮HP http://www.dazaifutenmangu.or.jp/ 

ソーシャル・キャピタルと健康との関係について~母の足に転倒してできた傷の治癒過程に及ぼす影響~  人見 裕江
[2019年2月15日]

掲載日:2019年2月15日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 我が国は、急激な少子超高齢社会であり、2025年以降には、団塊の世代が75歳を超える。多死社会となり、人口減少が課題となっている現在、人々の健康に関する考え方は、大きく変容してきている。そして、今、元気な時だけでなく、病気や障害、老い、まさに臨死の状態を体験しているその人にとっての健康のとらえ方、意識が大切である。現在の自分の健康状態をよいと感じるかどうかを主観的健康感といい、「とても健康」という人は10年後の生存率で30%も長寿につながることが明らかにされている(星、2002)。

 一方、ソーシャル・キャピタルとは、家族や友人、近隣の人々への「信頼」と、互いに助け合い、地域貢献するといった「規範」、および近所づきあいやサークル活動などの「ネットワーク」のことである。この人と人との絆や社会のつながりがもたらす「力」は、健康向上をもたらす。すなわち、人々の行動や健康が、周囲の社会環境の影響を受けていることが研究により明らかになってきている。

私には三人の娘がいて、それぞれ結婚し、3人、3人、4人の母親となっている。私がずーっと看護職として仕事をしてきたので、彼女らにとって、育ての親でもある祖母(私の母)は、両肩の腱の断裂に加え、変形性腰椎・膝関節症や胸部腹部大動脈瘤などの病気をもっていて、腰や膝の痛みで、椅子やトイレからの立ち上がりが不自由となり、よく転倒するようになった。私と同居しているが、家にひとりでいる時には見守りが必要となった。次女家族が隣に住んでいるので、夕食はほとんど毎日共にしている。

 母は、一昨年の3月のある日、デイサービス(週4回)から帰宅し、台所の机の所で、コーヒーを作ろうとして、転倒しているのを発見された。仕事から帰宅した次女が気づいて、夫を呼び、二人がかりで起こしてみると、左足のふくらはぎに水疱のある大きな傷ができていた。すぐに、かかりつけ医を受診して、毎日、軟膏を塗って、ガーゼ交換をするように説明を受けた。しかし、1か月ほど経過しても一向に回復の兆しが見えず、循環が悪いためか、足の指が黒くなってくるようで心配な状態となり、医療センターの皮膚科に紹介され、即、入院、切開手術となった。突然の怪我と入院で、母も困惑したが、2泊3日で退院となった。家に、医療職のものがいるということで、入院での治療は免れたが、毎日、創部をシャワー洗浄し、ガーゼ交換をするように指導を受け、週1回の通院で、経過をみることになった。

 次女のいるデイサービスで、シャワー洗浄とガーゼ交換をお願いすることになり、水曜日と週末の3日間は家で、夜、私か次女が行った。毎日毎日の傷の手当とフットマッサージを繰り返した。まさに、在宅における看護の基本的な技術の積み重ねである。

 そして、1日、1日と、本当に、わずかずつ、わずかずつであるが、薄い、赤くきれいな皮膚(肉が盛ってくるような感じ)ができてくるようで、日にちが薬といった状態であった。デイサービスでの様子と私が手当てをした時の傷の様子についての情報を共有し、皮膚科医、フットケア士にも伝えながら、一喜一憂する日々の積み重ねであった。

 母の足の傷は、このように医療機関と在宅福祉サービスの利用に加え、曾孫や孫たち家族や親せきとのつながり、近所の友だちの「きみちゃん、どねんしょ-ん?!」と訪ねてくれるサポートで、半年かかって、何とか、皮膚移植もしなくて済み、傷は完全に塞がり、癒えたのである。(昨年は、転倒して大腿骨骨折で、プレート固定して、トイレまでの2、3歩の歩行しかできなくなり、現在は車椅子での介助による移動の暮らしになっている。)

 この時の母の足に転倒してできた傷の治癒過程に及ぼす影響を考える時、ソーシャル・キャピタルと健康との関係について深く気づかされる。社会環境の規定要因が、人々の絆から生まれる資源であるソーシャル・キャピタルであるとされている。人々のつながりが豊かであることが、情報や行動の普及や助け合い、規範形成を通じて健康に寄与する可能性が指摘されている(相田他、2014)ことと同様に、傷の治癒をより促進させたと考えられる。

90歳の母と1歳の十番目の曾孫

湯たんぽのすすめ  奥山 真由美
[2019年1月18日]

掲載日:2019年1月18日
カテゴリ:看護学研究科・助産学専攻科・看護学部

 現代では、冬の寒い時期には、エアコンやファンヒーター、電気毛布など便利な暖房器具が多くあります。しかし、それらは循環を良くしたり、体を温めたりなどのメリットがありますが、その反面、体の水分を奪い、脱水症を引き起こす原因になったりもします。意外にも、夏よりも、冬の方が脱水症になりやすいことはあまり知られていません。

 私は、以前、湯たんぽの効能について研究をしていました。実験の結果、湯たんぽは、布団の中の温度を上昇させるのではなく、直接的な温熱刺激(輻射熱)により体を温めることがわかりました。また、足元を温めても、足の指の血流や皮膚温は上昇しますが、手の指の血流や皮膚温、顔の鼻尖部の皮膚温には影響しませんでした。しかし、主観的には、全身が温まる感じや快適感が高くなりました。

 湯たんぽは、電気毛布などに比べて、湯の温度が時間とともに下がることがとてもすばらしいと思います。電気毛布や電気あんかは温度が一定であるため、発汗が多く、眠りについた後、朝は布団を蹴飛ばしていることもあります。つまり、入眠時には気持ち良くても、時間がたつと発汗や不快感が生じるのです。発汗は体水分を減少させ、脱水症を引き起こしやすくなります。湯たんぽは入眠時には快適に、その後の発汗や不快感は減少させることができます。

 さらに、湯たんぽは電気代もかからず、災害時にも有用です。今は、ゴム製や金属製、プラスチック製など様々な種類があり、ホームセンターでも購入できます。ぜひ、寒い冬に足元に湯たんぽを置いて寝てみてください。

ゴム製湯たんぽ
プラスチック製湯たんぽ
金属製湯たんぽ

ベトナム フーコック島  海本 友子
[2019年1月11日]

掲載日:2019年1月11日
カテゴリ:言語文化学科

 ビーチに出かけた孫たちをホテルのプールサイドで待っている。南洋の高い木々が風に揺れる。水着の欧米人たちが長い白い手足を無造作にさらして、デッキチェアで寝そべっている。ここはまるでハワイ?それとも村上春樹の世界か?

 ホテルの従業員たちは現地の若者である。本学にもここ数年増えてきたベトナムの留学生たちと似た雰囲気で、親近感を覚える。人懐っこい表情や勤勉な働きぶりに留学生たちを重ねる。

 まだあまり知られてない離島のリゾート地ということで誘われたのだが、外資系のホテルが林立し、あたり一帯は観光客で不夜城となっている。

 しかし、川向こうの地元の市場には小屋のような建物がひしめき、細い路地裏に人や物が行き交う。地面に直に広げられ炎天下に晒らされた魚や肉、香辛料の匂いにむせ、散らかる生ゴミに思わず身が竦んだりする。

 2 泊したホーチミンではバイクが津波のように次々と押し寄せる光景に息を飲む。信号もほとんどない町中を、湧き出てくるような車とバイクと人が、まるで危険なゲームをくぐり抜けるように動き続けている。町には人だけでなく、食べ物も品物も溢れている。

 実は、私にとってベトナムは悲惨なベトナム戦争(1965~1975)の国であった。私たちの大学時代は学生運動が過激だった。正義感に溢れる学生たちが「ベトナムを救え」と反戦運動に立ち上がった。その頃、私も平和で豊かな日本社会でのうのうと生きていることに後ろめたさを感じていた。どこかに置いてきたあの頃の気持ちを思い出した。最後に訪れた「戦争証跡博物館」で、悲惨な長い長い戦いに耐え、抵抗の末自分たちの国を取り戻したベトナムの人たちの底力に感服し、留学生たちのここまでの道のりに思いを馳せた。

川の流れ・人の流れ・食の流れ  藤井 久美子
[2018年12月25日]

掲載日:2018年12月25日
カテゴリ:生活心理学科

 学園は130余年,伝統は伝え継ぐことと感じるこの頃です。学園歌にある「あさひの川の 清き流れに~」を聞くと,私の出身高校も旭川の近くにあり,川の流れを見るのが好きで時々歩いて相生橋を渡っていたことを思い出します。今は毎朝通勤で旭川を渡り,ちらっと「今日の川の様子は~?」と見てしまいます。

 高校生のころから食物の道に入り始め,調理はおもしろいなぁとずっと歩いてきました。調理が好きということではなく(と言うと,えっ!?そうなのですかと言われることが多いです・・)調理は科学であることがおもしろく,研究の中心になっています。私の「おもしろい」に共感してくれる学生たちがゼミに集まり,その先輩たちに惹かれて下級生たちが集っていく流れを感じるようになり,この流れが伝統を形成していくのかと思うようになりました。

 調理の科学に加えて食の伝統にも興味がわき,それは岡山の食材(例えばぶんず:緑豆,ひら:曹白魚など)について地域の方々からお話を伺ったことがきっかけでした。ぶんずの栽培は瀬戸内の島々の傾斜地では畑の流れ止めとなり,豆の香り・味がよく砂糖が貴重だった時代には砂糖が少なくても美味しく食べられたとのこと。また効能も期待されていたということで調べてみると,食生活の洋風化で不足しがちな亜鉛,骨や心の安定に関わるカルシウム,ストレス対抗のビタミンA,疲労回復のビタミンB群などを小豆:あずきよりも豊富に含み,現代の私たちにもありがたい存在であることがわかりました。

 ぶんずの食し方も小豆のような甘味,粥やおこわだけでなく粉にして麺を作るなど,生活の知恵,工夫でもって有効に活用していたことに改めて感心させられます。地域の食の流れ,食文化についての書は意外に少なく,伝え聞き伝え継ぐことの大切さに気付かされ,私の中の食の流れに新たな入口を見つけることができました。ぶんずの食し方を受け継ぎつつ,学生たちにもなじみやすいものに発展させると,そのあっさりとした甘みを好む声が流れるようになっています。



参考文献 日本調理科学会企画・編集:伝え継ぐ日本の家庭料理 小麦・いも・豆のおやつ,農山漁村文化協会(東京),p.70,2018

広島の土砂災害  澤 俊晴
[2018年12月10日]

掲載日:2018年12月10日
カテゴリ:地域マネジメント学科
 今年(平成30年)は、岡山でも大きな災害があった。岡山では河川災害が主であったが、隣の広島では土砂災害で甚大な被害が生じている。
 広島では、平成26年にも、更には平成11年にも土砂災害が発生している。平成11年の土砂災害では32名、平成26年の土砂災害では77名、そして今年の災害で118名の方が亡くなられている。
 砂防堰堤や流路工の整備、法面工事などによる発生防止策が長年に渡ってとられてきたにもかかわらず、このように土砂災害による被害はなくならない。
 私は専門家ではないので詳しいことはわからないが、地球温暖化も、土砂災害が多発する要因の一つになっているのであろう。

 最近では、ハード対策だけでなく、土砂災害警戒情報や災害ハザードマップなど、避難行動を促す取組にも力が入れられている。
 確かに、災害から逃れるためには、事前の避難が大事だと思う。しかし、河川氾濫に比べて、土石流や崖崩れは、突然に発生するし、どの程度の雨であれば裏山が崩れるのか予測することは非常に困難である。そのため、避難のタイミングの判断はとても難しいと思う。
 まして、高齢者だけの世帯のような災害弱者の場合は、避難行動そのものにも危険を伴うだろう。
 土砂災害による被害をなくすためには、災害が発生しそうなところは全て避けて居住するしかないのだろう。とはいえ、強制的な移転は、居住移転の自由を侵害するおそれがあるし、移転費を税金で補償することへの国民的理解が得られるのかという問題もある。

 なかなかに一刀両断にいかないのが、世の中である。

学内の版画から−  児玉 太一
[2018年11月30日]

掲載日:2018年11月30日
カテゴリ:こども育成学科

 本学の本館とE棟に展示している写真はデジタルでもアナログでもない、赤青黄の無数の網点によって表された版画作品である。恐らく、どちらの作品もシルクスクリーンという版画の一技法によって制作されている。イメージが写真で、かつ多くの方にとっては小中学校の美術教育で取り組まれる木版画の印象が色濃く残っているだろうから、一見してこの作品を版画とは思わないだろう。いずれも同じ作家の作品であると思われるが、残念ながらどなたの作品で、いつ、どこで、制作されたものであるのか私は与り知らない。ただ、シルクスクリーンは専門的な機材が必要で、複数名の協力が必要な大型作品であるから、恐らくは日本国内の版画工房で制作された作品であると推察している。

 版画技法は基本的に印刷術として始まり、高度な専門知識と機材が必要であった為、職人を介した分業制で、近代以降も専門の版画工房での制作が多かった。版画工房で現代美術という領域に限れば、国際的に有名なのは、ラウシェンバーグやホックニーなどの著名な作家の作品を手がけたアメリカのジェミナイ版画工房や、ジェミナイから独立したタイラーグラフィックスがある。ジェミナイを始めとするアメリカ型の版画工房は、作家との対話によって作品が形成され、版画という媒体での制作上のプロセスとアイデアを作家自身が経験しながら制作する。日本のデパートなどで販売される日本画や洋画などの版画の多くは版画を用いた絵画の複製物であるが、アメリカ型の版画工房では、版画によるオリジナルの表現であり、作家自身も絵の手法とは異なる表現や手法を求め、積極的に版画を制作した時代があった。日本にもこのような版画工房がいくつか設立されてきたが、現在においては市場の縮小や職人の高齢化、技法の流行の変遷等、複数の要因によって、残念ながら多くは業態を変えるか、廃業して、技術と経験も失われつつある。

 本学にある作品は版画としては大型のオリジナル作品で、日本の版画工房が次々に勃興した時期に制作された作品であろう。作家の作品と身体を通じ、異なる制作経験の接続から、新たなものを生み出す場として版画工房が機能していたことに、私自身は未だ強い憧れと関心を覚える。私も関西のいくつかの工房で貴重な経験を頂いた縁がある。いつか、職人や工房が蓄積した技術・経験を記し、後世にも残さなければと常々考えている。

「おもてなし」の落とし穴  松浦 美晴
[2018年11月12日]

掲載日:2018年11月12日
カテゴリ:生活心理学科

 秋も深まり、のんびりお茶を飲みたい気分です。

 セルフサービスの喫茶店でお茶を飲みました。カップの乗ったトレイを回収場所に持って行こうとしたら、そばにいた店員さんが「いいですよ、そのままで」といってくださったので、そのままにして店を出ました。

 セルフサービスなのに、食器を自分で片付けなくてすんで、ラッキー?

 「おもてなし」という言葉がもてはやされています。日本の店はすべからく、高級店並みのきめ細かなサービスをしてくれる。日本の企業は、通常の業務を越えた柔軟な対応をしてくれる。日本人には他者を気遣う「おもてなし」の心があるからだ、というのです。確かに、店員さんは、私を気遣い、食器を下げてくれました。

 そうなると、消費者としての私は厚かましくなってしまいます。少しでもお金を払ったなら、とことんサービスしてほしい。無理をいえば聞き入れてもらえるのだから要望をどんどん上乗せしよう、と。いやちょっと待ちましょう。本来の対価を越えたサービスは、さらなる対価を必要とするはず。それが無料で提供されてしまうのが「おもてなし」では?おもてなしを期待して、お客さんは増えるでしょう。無料のおもてなしを提供するために、店員さんは大忙し!

 厚生労働省によれば、日本の労働者一人当たりの労働生産性は、主要国の中でも低い水準にあるそうです。日本の労働者の時間と労力が、お金を産まない仕事に浪費されているということです。これから労働人口が減ってゆくというのに、困ってしまいます。店員さんのおもてなしを無料で受けた私は、労働生産性の低下に加担したわけです。

 しまった!

60年代の象徴「アイビールック」のVANを創った岡山の世界的な起業家  松尾 純廣
[2018年11月5日]

掲載日:2018年11月5日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 NHKの朝ドラで放送された「べっぴんさん」(2016年10月3日~2017年4月1日放送)を覚えておいでだろうか。神戸の子供服メーカー・株式会社ファミリア(ドラマではキアリス)の草創期を描いたドラマである。創業者の女性と戦後の神戸・大阪のファッション業界の話が中心である。朝の慌ただしいなかで何気なく見ていた私が釘付けになったのは、メンズファッションの会社エイスとその創業者が登場したからだ。

 当然学生の皆さんは知らないと思うが、このエイスこそ1960年代に青春を送った世代ならば誰でもご存知のVAN(株式会社ヴァンヂャケット VAN Jacket inc.)であり、IVYルックの象徴的な会社であった。IVYルックとは、1950年代にアメリカ東海岸の8大学で設立されたフットボール・リーグの名前と彼らが好んで着ていたファッションに由来する。

VANの創業は1950年代であり、1978年に倒産した。私も、10代後半の頃高くてそうそう買えなかったが、何とか着こなして遊びに行っていたことを覚えている。その創業者こそファッション界の伝説的な人物であり、岡山市で生まれ育った岡山県人の石津謙介である(1911年~2005年)。

ジーンズなど岡山のアパレル・ファッション業界はよく知られているが、石津謙介とVANが一時代を築いたことも覚えておいてほしい。

参考文献
石津謙介 いつもゼロからの出発だった (人間の記録) 復刊 日本図書センター 2010年
花房孝典 アイビーをつくった男 石津謙介の知られざる功績(復刊) 天夢人 2018年

"Degrés des âges"(Degres des ages)  高橋 功
[2018年10月26日]

掲載日:2018年10月26日
カテゴリ:生活心理学科
“Degrés des âges”その(1) -19世紀フランスの人間発達観-

 フランス北東部に, かつて版画産業で隆盛したエピナル (Épinal) という都市がある。19世紀, この地にあった工房が, 児童書や広告など, 大衆向けの廉価な版画の生産・販売で大きな成功を収めた [1]。その結果,“エピナル版画”という言葉は, 民衆版画 (images populaires) の代名詞ともなった [2]。

 下図は, そんなエピナル版画のひとつである。“Degrés des âges”と題されており, 日本語では,“人生の階段”[3],“人生の階梯”[4]と訳されている。題目通り, 人生を表現しており, 夫婦となる一組の男女の誕生から死までが, 階段の昇降とともに10年刻みで描かれている。このテーマは人気を博したようで, 細部の異なる同種の版画が複数存在する。アリエスによれば, 時代の流行に応じて人物の服装が変えられていったということだ。なお, エピナル版画は, 芸術品というよりは工芸品であるがゆえか, 多くは作者も正確な出版年も不詳とされている。

画像
人生の階段 (Degrés des âges)
Yale University Library (https://artgallery.yale.edu/collections/objects/12045) より

 私は, まだ学生だった20年ほど前, 発達心理学のテキスト[5]でこの版画に出会い, 興味をもった。なぜ発達心理学かというと, 当時のフランスに存在していたであろう人間発達に対する考え方を, 図に垣間見ることができるからである。そしてその発達観は, 現代のものとも多く共通している。図の男性は, 士官の象徴ともいえる二角帽を30歳で手に取り40歳で被っている。このことから, 現代と同様, 社会的なキャリアアップと中年期の発達が結びつけられていたことを推察できる。50歳を人生の頂点とし, そこから死に至る下りの階段がはじまる点も, 老いに心悩ませる現代人に通じるものがある。他方, アリエスが指摘する通り, 若年期の描写は希薄かもしれない。現代なら, 20歳までがもっと細分化されそうだ。

 こうした資料としての関心もさることながら, 抽象的ながらも繊細な線で詳細に描き込まれたこの図は, 幼い頃, 自身の興味を津々とさせた少し高級な図解本を思い出させる。ゆえにこの図は, 私にとって純粋に好きな絵のひとつでもある。そういうわけで, 教壇に立ってからは, 担当科目の「発達心理学」で, 例年, 学生たちにこの図を見せてきた。学生たちも, 多くが興味を示してくれており, 嬉しく思っている。

引用文献
[1] 増田葉子 (2011). 版画の街エピナル-エピナル版画センター メゾン・デ・ミュゼ・デュ・モンド Retrieved from http://www.mmm-ginza.org/museum/special/backnumber/1102/special01.html (2018年10月5日)
[2] 中谷拓士 (2016). 民衆版画の世界 商学論究, 63, 1-22.
[3] Ariés, P. (1973). L’Enfant et la vie familiale sous l’Ancien Régime. Paris: Editions du Seuil. (アリエス, P. 杉山光信・杉山恵美子 (訳)(1980). <子供>の誕生 アンシャン・レジーム期の子供と家族生活 みすず書房)
[4] 稲賀繁美 (2003). 職人としての藤田嗣治 あいだ, 89, 31-35.
[5] やまだようこ (1998). 生涯発達 下山晴彦 (編) 教育心理学II 発達と臨床援助の心理学 (pp.13-39)  東京大学出版会
“Degrés des âges”その(2) -共に何かを見る-
 下図は, 前回のコラムで紹介した“Degrés des âges”のエピナル版画である。この図について, 最近, 新たに気づいたことがある。
1
人生の階段 (Degrés des âges)
Yale University Library (https://artgallery.yale.edu/collections/objects/12045) より

 それは夫婦の視線に込められた意味である。図では, 40歳まで, 男女が顔を向き合わせ,視線を送り合っている。しかし50歳以降は一切向き合っていない。70歳の妻が夫を見ているようだが, 夫は妻を見ていない。彼らが目を合わせたのは40歳が最後ということだ。すべての版の“Degrés des âges”に当てはまるわけではないが, 幾つかのものはこれに似た描写がなされている。

 これはいったい何を意味するのだろうか。夫婦間の互いへの関心は50歳で失われるということか。それとも, 50歳で天命を知り, 夫婦も各々の道を歩み始めるということか。いや, どちらでもないだろう。これは, 二人の関係が「互いに見つめ合う」ものから「共に何かを見る」ものに変化することを意味しているに違いない。その証拠に, 70, 90歳のときの妻が「ほら, あれ」と言わんばかりに何かを指さしている。

 このように特定の対象への注意を他者と共有することを, 心理学では“共同注意(joint attention)”という。そして,狭義にそれは, 単に複数の個体が同一対象に同時に注意を向けているというだけではなく, 互いに相手が自分と同一対象に注意を向けていることを理解している状態を指す[1]。そのような状態の成立は思う以上に複雑で, 個体間の相互理解や情緒的交流が必要になる。

 それゆえか, 私たちは, 共同注意の場面を見ると, その人物間の信頼関係を読み取る。「ああ, この二人は今気持ちが一つになったのだな」[2]というわけだ。実際, 私は, この夫婦が歳を重ねるごとに信頼関係を強めているように感じる。物思いに耽るように下を向く80歳のときでさえ, 何か同じことを考えている場面に見える。死に向かう階段を降りる二人が, 身体のみならず, 情緒的にも支え合っていると感じる。

 ところで,私は“Degrés des âges”の図を知って20年以上経つ今になって,ようやく上記の事柄に気づいた。この気づきは,自身の心境の変化によるものと思う。そしてその変化は, 恐らく,加齢によるものだけでもない。両親, 妻, 友人, 同僚, 学生など, 信頼できる様々な人々との「共に何かを見る」体験の積み重ねが, この気づきを導いたと思う。改めて, 多くの人に感謝を申し上げたい。


引用文献
[1] 遠藤利彦(2005). 発達心理学から見た共視現象 北山 修(編)(2005). 共視論 母子像の心理学 (pp.89-128) 講談社選書メチエ
[2] 近藤 卓 (2010). 自尊感情と共有体験の心理学-理論・測定・実践 金子書房, pp.132-133.

人はどのような『場』で成長するのか~変わるインターンシップの意味~  神戸 康弘
[2018年10月16日]

掲載日:2018年10月16日
カテゴリ:地域マネジメント学科

 先日インターンシップ学会があったが「人はどのような『場』で成長するのか」がテーマであった。これまでインターンシップは、通常の講義がメインだとすると、その“おまけ”のような位置付けだった。しかし今、その意味合いが変わりつつある。脇役から主役になろうとしている。米国のミネルバ大学は校舎を持たない大学として有名で、サンフランシスコ、ロンドンなど学期ごとに世界各地を転々とし課題解決プロジェクトを行う。スペインのモンドラゴン大学は、実際に「起業」し黒字を出すことが卒業の要件だ。

 これらの背景にあるのは「人は教室の“授業”で成長するのか?」という問題意識だ。大学生にどんな場面で成長したか聞いてみた。「部活」が圧倒的に多く、次いで「アルバイト」「ボランティア」「寮生活」と続いた。これらに共通していることは全て「教室の外のできごと」ということ。「授業で成長した」という人は皆無だった。ならばこれらを授業にしてしまおうというのが、ミネルバ大学やモンドラゴン大学の発想だ。

 実社会の課題を解決する授業は「共通の課題をチームで協力し解決」「結果が明確に出る」「自分の能力が増すとチーム力も増す」など部活に似た、人を成長させる枠組み(スキーム)が揃っている。インターンシップは今、課題解決型や起業家養成型まで出現し、大学教育のおまけから主役になろうとしている。神谷(2004)は「生きがいは、自分のしたいことと義務が一致したときに生じる」と言うが、課題解決型授業は「課題を解決したい&しないといけない」というある種の「心地よい義務感」が生じるのだ。

 本学に地域マネジメント学部が誕生した。地域をキャンパスにするというコンセプトで、教室がメイン、外に出る実習はサブという考え方を逆転させた。1期生が入ったばかりだが成長が楽しみだ。そう言えば成長した場として学生2名が「東粟倉」と答えていた。課外活動で岡山県東粟倉を救うプロジェクトに参加している。着実に学生は成長しているようだ。その写真を載せこの文章を閉じたい。


神谷美恵子(2004)『生きがいについて (神谷美恵子コレクション)』みすず書房。



最近の更新状況
アナログ時計の時空に想うこと  江口 瞳[2019年9月30日]
生業をつくり直す  建井 順子[2019年9月10日]
イケアでの思い出  岩本 隆志[2019年8月27日]
3歳までは母の手で?  権田 あずさ[2019年7月26日]
いよいよオープンキャンパスが始まります  岡田 典子[2019年6月18日]
「ぼたもち」の思い出  廣田 幸子[2019年6月5日]
食品ロスについて考える  國本あゆみ[2019年5月30日]
なんとなくエコ  西村 武司[2019年5月7日]
虐待について考えてみましょう  荒島 礼子[2019年4月16日]
桜の花々とともに  学長 齊藤 育子[2019年4月10日]
春を感じる桜餅  松井 佳津子[2019年3月30日]
岡山の美味しい魚と気候変動(地球温暖化)  白井 信雄[2019年3月28日]
甘いものすきですか ~ 和菓子のすすめ  小野 和夫[2019年3月15日]
受験シーズンの思い出  田中 愛子[2019年2月28日]
ソーシャル・キャピタルと健康との関係について~母の足に転倒してできた傷の治癒過程に及ぼす影響~  人見 裕江[2019年2月15日]
湯たんぽのすすめ  奥山 真由美[2019年1月18日]
ベトナム フーコック島  海本 友子[2019年1月11日]
川の流れ・人の流れ・食の流れ  藤井 久美子[2018年12月25日]
広島の土砂災害  澤 俊晴[2018年12月10日]
学内の版画から−  児玉 太一[2018年11月30日]
「おもてなし」の落とし穴  松浦 美晴[2018年11月12日]
60年代の象徴「アイビールック」のVANを創った岡山の世界的な起業家  松尾 純廣[2018年11月5日]
"Degrés des âges"(Degres des ages)  高橋 功[2018年10月26日]
人はどのような『場』で成長するのか~変わるインターンシップの意味~  神戸 康弘[2018年10月16日]
災害後における子どもの心と生活  上地 玲子[2018年9月20日]